「ある日彼女が僕に言った あなた優しさが足りないわ」『パンとピストル』の歌い出し。僕はこの言葉を実際に言われたことがある。のんびりダラダラと2回目の大学2年生を過ごしていた時に彼女と知り合った。とても美しく、頭も良く、料理も上手な女の子だった。僕が彼女に惹かれたのも自然のことのようだった。僕は自分の出来る範囲で彼女に優しくしようとした。道路を歩くときは必ず僕が車道を、夜遅くなったときは必ず駅まで送ったり。でも、ふとした時に彼女はいつも言った。「あなた優しさが足りないわ」「どこがやねん?」僕はいつも言い返していた。それでもそれなりに幸せな日々だったが、やはりその恋も終わりの日を迎えることとなった。原因は僕の中で彼女への想いが薄れたからだ。でも、このことをどうこう言うつもりはない。これは恋をしていたらありうることだから。ただ、僕はこのとき、自分の中で彼女への気持ちがなくなっているのを知っていたのに、彼女になかなか言い出せないで何ヶ月も過ごしたのだ。変によそよそしく、中途半端な態度をとる僕に彼女は言った。「ねぇ、なんか言いたいことあるんやろ。はっきり言って」僕は少し声を詰まらせながら「友達に戻りたいな」と言った。この期に及んで僕はこんな言葉を言ったのだ。すると彼女は苦笑いをしながら、「もういいよ」と言った。彼女は泣かなかった。気がつけば僕の家の下まで歩いていた。「見送りはいらないから」と言われ僕はそのまま家に帰った。僕の住んでたアパートの4階の窓からは学校の帰り道が見えた。「見送りはいらない」と帰った彼女を僕は4階からこっそり見送っていた。彼女は立ち止まる事なく歩いていた。時折、まぶたをこすりながら・・・。あれから5年以上経って、ようやく僕はあの日の彼女の「あなた優しさが足りないわ」の意味が分かったような気がする。「言いたいことがあるならはっきり言って」といった彼女の言葉に「友達に戻れないかなぁ」という半端な言葉を投げた僕。きっとそういう事だったんだろう。今頃になってその意味が分かっても、もう彼女はいないのだ。彼女がどこで何をしているのかも分からない。少し分かりかけた彼女の望んだ「優しさ」を、僕はもう彼女に与えることは出来ない。恋とはせつないものだ。「あなた優しさが足りないわ」今でも時々彼女の声が聞こえてくる。そのたびに僕はその言葉の真意を考えるのだ。これからの僕の恋のために。あの日の僕らの恋のために。