2017/07/31
タッピーがジャケットに写っている浮遊感の理由
レコーディングも大詰め、後はエンジニアさんのmixという作業を待っている状態。
今回のアルバムはタッピーに全曲叩いてもらい、ジャケットにも写ってもらう事にした。
もう一度やろうと決めてから、すべてのライブはタッピーにお任せした。
昨年のどん底の時、タッピーに会いに行って僕の心は救われた。
今回のアルバムが出来たのは彼が一緒にいてくれたからと言っても過言ではない。
しかし一応、今、タッピ−の肩書きはTHE NEUTRALサポートメンバーだ。
それにも理由がある。
が、詳しく書けない事もある。
書ける範囲で。
前のメンバーも新しい事をはじめたようで、これなら僕らも素直にタッピーを迎え入れる事が出来る。
(ちなみにここで前のメンバーと書くと冷たい感じがするだろうが、名前を出す事で、彼の新しい一歩の邪魔をしてはいけないと考慮しての事だ。)
決して僕らから最初に動いてはいけない気がしていた。
彼が何かを始めるまでは空席を作っておきたかった。
僕はタッピーに一番始めにドラムをお願いする時「僕は出来ればタッピーにバンドに入ってもらいたい。でも一年間は誰であろうがメンバーに入れるつもりはない。それが今僕が考える元メンバーへの想いと愛だ。」と話した。
ファンへの愛でもなく、もっと言えばTHE NEUTRALへの愛として想いだ。
いろんな意見もあるけど、せっかく長い事やってきてすぐにメンバーを入れ替えるという事が僕に出来なかった。
未練たらしいのかもしれないが。笑。
タッピーは僕らの事をよく知ってくれているから、とても優しく広い答えをくれた。
なので、タッピーは今、とても浮遊感のある存在になっているというわけだ。
それも彼は楽しんでくれているので嬉しい。
分かりやすく言うと、元カノに新しい恋人できたし、俺たちも前に進まなきゃね!ってことかな。
元メンバーが何かを始めるまで、空席を作っておきたいと書くとファンの人が期待するから書けなかった。
でも、もう大丈夫。
元メンバーも音楽で新しい道を歩き始め、それは僕らの目指すものとは違うものであり、くっきりと分岐点が見えた。
これでこの空席が点滅し出す。
それでも今、2017年7月31日の段階では一年間は空席のままにしておく。
ちなみにもう前のメンバーが戻る席はない。
彼も望んでいないし、その期待は彼の未来も僕らの未来も遠ざけるので敢えてはっきりと。
それでもTHE NEUTRALの今日までの道をリスペクトして一年間はこのままでいようと思う。
あいつに新しい彼女が出来たから、オレもすぐに!!というのは僕の美学で言うとあまりに節操がない。
なので自らを律して慎ましく、一年間はこのままで。
これが今現在の僕の考える一番良いと思える答えだ。
タッピーも了解済みだ。
そう、僕はTHE NEUTRALを続けていくつもりだ。
そう考えた時に、この新しいアルバムが決して3人で写っていてはいけない気がした。
未来から振り返ったとき、ここは4人でないといけないと思った。
「今」で切り取ると、浮遊感のあるおかしい感じかもしれないが、THE NEUTRALという道でみるとこれが正解だと胸を張って言える。
今回のジャケットの少しの違和感はそこから来ている。
(ちなみにこの4人撮影も前メンバーが新しい事をやる事を知って、そうか、これで心置きなくタッピーも入れて撮影するか!と言う流れになったんだよ。
いつだって考慮してるさ。)
さらにここに収録の「さよなら8ビート」でも深読みする人がいるが、たぶんそう言った人が考えている質とは少し違うと思う。
僕は常日頃、もし、自分が生まれ変わって違うバンドをやるとしたらどんなのがしたいんだろう?どんなジャンルがやりたいのだろう?
そんなことを考えていた。
奇しくも、そのきっかけが昨年できた。
違うメンバーとだからこそ出来る曲を、そしてタッピーと出会って一緒にセッションした時の匂いを思い出して書いた曲。
8ビートで育った僕らは、今は時代に取り残されそうになっている。
今のバンドのリズムは多種多様だ。
前作まではそこに対応するように創ってきたが、もうそういうのもいらない。時代を追いかけない。今まで培ったもので勝負する、そんな想いで書いた2017年バンド曲で一番始めに出来た曲であり、この曲のコンセプトのまま今回のアルバムは創られた。
ただ僕はロックバンドなので、こういった弁解めいた事は書きたくない。笑。
僕からお願いしたい事が2つある。
ひとつは前のメンバーの事はここで終わりにしたい。
それは彼の為にも、終わりにしたい。
彼と共に歩いた道は確かにある。そこを否定しているのではなく、互いの先に進む道の為にも。
恋愛で言うと彼には新しい恋人が出来たのさ。
そっとしてあげないと。
ここにこうして書かれる事も本意ではないだろうから。
もうひとつは。
さまざまな誤解やいろんなこと、それに戦う気力が昨年はなくて僕はバンドを続けるかどうか悩んでいた。
やはり続けていくと誤解やら何やらあるようだ。
それは今に始まった事ではなく、ファンの人ととはそういうものであり、愛が深いからそこの愛情の裏返りだと理解している。
これからもそう言う想いがあってもいいと思うし、自由に勘違いしてもらっても僕は受け止める。
が、、、、昨年よりは心が元気になったが、今なお僕の胸は少しただれている。
すべての事を前向きに捉えてもらえると助かります。
ん?と思う事でも、最後はそこに愛が隠されているはずです。
僕の書く歌がそうであるように。
僕らは今もなお、THE NEUTRALを続けている。
それが答えだと僕は思っている。
それでは9月3日のアルバムを楽しみにしていてください。
今の僕が、僕らがいます。
変わらない音が、進化してそこにあります。
今回のアルバムはタッピーに全曲叩いてもらい、ジャケットにも写ってもらう事にした。
もう一度やろうと決めてから、すべてのライブはタッピーにお任せした。
昨年のどん底の時、タッピーに会いに行って僕の心は救われた。
今回のアルバムが出来たのは彼が一緒にいてくれたからと言っても過言ではない。
しかし一応、今、タッピ−の肩書きはTHE NEUTRALサポートメンバーだ。
それにも理由がある。
が、詳しく書けない事もある。
書ける範囲で。
前のメンバーも新しい事をはじめたようで、これなら僕らも素直にタッピーを迎え入れる事が出来る。
(ちなみにここで前のメンバーと書くと冷たい感じがするだろうが、名前を出す事で、彼の新しい一歩の邪魔をしてはいけないと考慮しての事だ。)
決して僕らから最初に動いてはいけない気がしていた。
彼が何かを始めるまでは空席を作っておきたかった。
僕はタッピーに一番始めにドラムをお願いする時「僕は出来ればタッピーにバンドに入ってもらいたい。でも一年間は誰であろうがメンバーに入れるつもりはない。それが今僕が考える元メンバーへの想いと愛だ。」と話した。
ファンへの愛でもなく、もっと言えばTHE NEUTRALへの愛として想いだ。
いろんな意見もあるけど、せっかく長い事やってきてすぐにメンバーを入れ替えるという事が僕に出来なかった。
未練たらしいのかもしれないが。笑。
タッピーは僕らの事をよく知ってくれているから、とても優しく広い答えをくれた。
なので、タッピーは今、とても浮遊感のある存在になっているというわけだ。
それも彼は楽しんでくれているので嬉しい。
分かりやすく言うと、元カノに新しい恋人できたし、俺たちも前に進まなきゃね!ってことかな。
元メンバーが何かを始めるまで、空席を作っておきたいと書くとファンの人が期待するから書けなかった。
でも、もう大丈夫。
元メンバーも音楽で新しい道を歩き始め、それは僕らの目指すものとは違うものであり、くっきりと分岐点が見えた。
これでこの空席が点滅し出す。
それでも今、2017年7月31日の段階では一年間は空席のままにしておく。
ちなみにもう前のメンバーが戻る席はない。
彼も望んでいないし、その期待は彼の未来も僕らの未来も遠ざけるので敢えてはっきりと。
それでもTHE NEUTRALの今日までの道をリスペクトして一年間はこのままでいようと思う。
あいつに新しい彼女が出来たから、オレもすぐに!!というのは僕の美学で言うとあまりに節操がない。
なので自らを律して慎ましく、一年間はこのままで。
これが今現在の僕の考える一番良いと思える答えだ。
タッピーも了解済みだ。
そう、僕はTHE NEUTRALを続けていくつもりだ。
そう考えた時に、この新しいアルバムが決して3人で写っていてはいけない気がした。
未来から振り返ったとき、ここは4人でないといけないと思った。
「今」で切り取ると、浮遊感のあるおかしい感じかもしれないが、THE NEUTRALという道でみるとこれが正解だと胸を張って言える。
今回のジャケットの少しの違和感はそこから来ている。
(ちなみにこの4人撮影も前メンバーが新しい事をやる事を知って、そうか、これで心置きなくタッピーも入れて撮影するか!と言う流れになったんだよ。
いつだって考慮してるさ。)
さらにここに収録の「さよなら8ビート」でも深読みする人がいるが、たぶんそう言った人が考えている質とは少し違うと思う。
僕は常日頃、もし、自分が生まれ変わって違うバンドをやるとしたらどんなのがしたいんだろう?どんなジャンルがやりたいのだろう?
そんなことを考えていた。
奇しくも、そのきっかけが昨年できた。
違うメンバーとだからこそ出来る曲を、そしてタッピーと出会って一緒にセッションした時の匂いを思い出して書いた曲。
8ビートで育った僕らは、今は時代に取り残されそうになっている。
今のバンドのリズムは多種多様だ。
前作まではそこに対応するように創ってきたが、もうそういうのもいらない。時代を追いかけない。今まで培ったもので勝負する、そんな想いで書いた2017年バンド曲で一番始めに出来た曲であり、この曲のコンセプトのまま今回のアルバムは創られた。
ただ僕はロックバンドなので、こういった弁解めいた事は書きたくない。笑。
僕からお願いしたい事が2つある。
ひとつは前のメンバーの事はここで終わりにしたい。
それは彼の為にも、終わりにしたい。
彼と共に歩いた道は確かにある。そこを否定しているのではなく、互いの先に進む道の為にも。
恋愛で言うと彼には新しい恋人が出来たのさ。
そっとしてあげないと。
ここにこうして書かれる事も本意ではないだろうから。
もうひとつは。
さまざまな誤解やいろんなこと、それに戦う気力が昨年はなくて僕はバンドを続けるかどうか悩んでいた。
やはり続けていくと誤解やら何やらあるようだ。
それは今に始まった事ではなく、ファンの人ととはそういうものであり、愛が深いからそこの愛情の裏返りだと理解している。
これからもそう言う想いがあってもいいと思うし、自由に勘違いしてもらっても僕は受け止める。
が、、、、昨年よりは心が元気になったが、今なお僕の胸は少しただれている。
すべての事を前向きに捉えてもらえると助かります。
ん?と思う事でも、最後はそこに愛が隠されているはずです。
僕の書く歌がそうであるように。
僕らは今もなお、THE NEUTRALを続けている。
それが答えだと僕は思っている。
それでは9月3日のアルバムを楽しみにしていてください。
今の僕が、僕らがいます。
変わらない音が、進化してそこにあります。
2017/07/30
不言実行
「しげる君、不言実行だよ。不言実行が一番かっこいいよ。」
高校のときの彼女に言われた言葉。
とても聡明な女の子だった。
彼女が僕に告白してくれたときも、「ジュンペー君は湯のみで言うところの縦のライン。カンタ君も縦のライン。でもね、でも、、、、しげるくんは湯のみなのっ!!」と照れ出した。
偏差値の低い僕は「???」しか出なかったが、彼女は盛り上がり、「もうーー、恥ずかしい。忘れて!!」とよりいっそう赤ら顔になった。
家に帰って、晩ご飯を3杯御代わりしたあたりで「あれは告白だったのか!?」と気付いた。
大人になった今「不言実行」の難しさを知る。
不言実行には、その間の誤解や中傷に耐える事も含まれている。
「しげる君、不言実行だよ。不言実行が一番かっこいいよ。」
なぜだか彼女の声を思い出した。
9月3日の千葉LOOKワンマンからの新しいアルバム。
ここに僕の不言実行が、の、曲達があるはずだ。
追伸、この9月3日の千葉LOOKは出来るだけ見に来てくださいね。変な言い方やけど。笑。
この日じゃなきゃいけない理由もあり。
うまくいえなくてごめん、夏。
2017/07/27
孤独
僕は本当に何も持たない少年だった。
何かを持とうともしない、そんなことさえ考えられない少年だった。
それでも偶然のように人生をかけられるものと出会う事が出来て、そこにすべてを注ぎ邁進した。
僕は自分の才能がどこにあるのか分かった。
僕は自分の才能がどれほどのものか分かった。
僕は自分の持つ優しさの性質が分かった。
僕は自分の持つ優しさの太さと柔らかさが分かった。
でも分かった時に気付くのはいつでも孤独だと言う事だ。
きっと誰にも分かってもらえない。
少し前、代谷に「分かってやれなくてごめんな。たぶん俺たちが追いついてないから」と言われた。
それが救いのようであり、それがまた孤独にさせる。
突き詰めていくと孤独だ。
寂しさなんかたいした事ない。
孤独はそれを理解して受け止めれる人間にだけ分かる感情なのだろう。
時折やるせなくなるほどの孤独が僕を360度囲む。
僕はアーティストとして一人前になったと言う事なのだろうか。
ほとんどの作詞作曲を手がける本物のアーティストはみんな孤独なのだろう。
自らが目指し、登り上げた山の頂上。
その頂上には一人がやっと立てるスペースだけがある。
ふと横を見ると同じように頂上に立っている人がいるが、登って来た山が違うので苦労は分かるが、話は合わない。合わない事を知っている。
そして僕らは少しだけ切なく笑い、頂上からさらに上に向けて歌う。
今夜は孤独が張り付きやがる。
でも、敢えて自らに教えといてやろう。
たぶん、孤独ではなく孤高なのだろう。
胸を張れ。
何かを持とうともしない、そんなことさえ考えられない少年だった。
それでも偶然のように人生をかけられるものと出会う事が出来て、そこにすべてを注ぎ邁進した。
僕は自分の才能がどこにあるのか分かった。
僕は自分の才能がどれほどのものか分かった。
僕は自分の持つ優しさの性質が分かった。
僕は自分の持つ優しさの太さと柔らかさが分かった。
でも分かった時に気付くのはいつでも孤独だと言う事だ。
きっと誰にも分かってもらえない。
少し前、代谷に「分かってやれなくてごめんな。たぶん俺たちが追いついてないから」と言われた。
それが救いのようであり、それがまた孤独にさせる。
突き詰めていくと孤独だ。
寂しさなんかたいした事ない。
孤独はそれを理解して受け止めれる人間にだけ分かる感情なのだろう。
時折やるせなくなるほどの孤独が僕を360度囲む。
僕はアーティストとして一人前になったと言う事なのだろうか。
ほとんどの作詞作曲を手がける本物のアーティストはみんな孤独なのだろう。
自らが目指し、登り上げた山の頂上。
その頂上には一人がやっと立てるスペースだけがある。
ふと横を見ると同じように頂上に立っている人がいるが、登って来た山が違うので苦労は分かるが、話は合わない。合わない事を知っている。
そして僕らは少しだけ切なく笑い、頂上からさらに上に向けて歌う。
今夜は孤独が張り付きやがる。
でも、敢えて自らに教えといてやろう。
たぶん、孤独ではなく孤高なのだろう。
胸を張れ。
2017/07/25
ボーナストラック
断捨離をしています。
ふと断捨離をしながら「今も胸に鳴り響いてる 笑う時の あのクセのある声」と歌っていました。
そう言えば先日姫路でも発売したアコースティックCDだけど、東京で発売したときの初回限定版だったみたいで、ボーナストラックの多さに驚かれた方も多いと思う。
説明しないとワケのわからないものもあったかもしれないので説明しますね。
初回限定版のみ収録曲以外に3曲入っています。
というのもこのアコースティックCDの発売日がココロランドリーと言う企画ライブで、お客さんから寄せられたメッセージをもとに構成されるライブとなっていて、そこで出来た曲が収録されています。
「ダイエット」と言う曲はまさに痩せたいという人たちからのMessageで出来た曲で、まさかまさかの9月3日発売のアルバムにもバンドアレンジで収録されます。
後の2曲の「ガラケー」をテーマにした曲ともう一曲、なんだかわかるようなわからないようなバラード。
実はこのバラードもテーマは「ガラケー」でした。
ココロランドリーに「未だにガラケーからスマートフォンに変えるきっかけがない。変わるチャンスを。」と言うメッセージが送られてきました。
実は僕も携帯電話を持つのがとても遅かったのです。
だからなんとなくこのMessageを送ってくれた人の心のもうひとつ扉向こう側がわかる気がしました。
バラードの方の曲は長年連れ添った思い入れ深いガラケーから持ち主に向けての歌となっています。
擬人法ですな。
そう思って聴いていただければ、また違った印象を与えるのではないかなぁ。
その後、そのMessageを送ってくれた方がスマートフォンに変えたかどうかは分からない。
分からないが、変えようが変えまいが、この歌を時折思い出して歌ってくれていればそれでいいように思う。
ココロランドリーが今日まで愛されているのはこういった歌たちが出来ていく事のように思う。
そして擬人法なんて使う僕は、物への想いが強すぎて、なかなか捨てれません。。。
ちょうどパソコンデータ断捨離中に歌詞があったので載せますね。
コードも載っていたのでそのまま載せます。笑。
G D Em Bm
ずっと君のそばにいて ずっと君を見守って
C G C D
ずっと君の声を聴き ずっと君といたかった
G D Em Bm
君がこの先どこへ行き 誰を愛していくのか
C G C D G
どんな夢を持つのか ずっと見ていたかったよ
G Am7 D7 G
今も胸に 鳴り響いてる
Em Bm C D
笑う時の あのクセのある声
G Am7 D D#dim Em
僕は決して忘れない
C D G
君を見てたこの日々を
G D Em Bm
君の友達はみんな 僕を見て笑ってる
C G C D
君が僕を守る度 なぜだか悲しくなったよ
G D Em Bm
夕陽が沈むのなら 僕の体も朽ちていく
C G C D G
時計の音が聞こえたら 思い出してほしい
G Am7 D7 G
今も胸に 鳴り響いてる
Em Bm C D
君が僕を 見つめるその瞳
G Am7 D D#dim Em
僕は決して忘れない
C D G
君がくれた優しさを
G D Em Bm
さよならが言えないのは ホントに僕への愛なの
C G C D
僕が隣にいるのは ホントに君への愛なの
G D Em Bm
変わる事恐れないで その一歩を迷わないで
C G C D G
今日までと同じさ 君は君でいれば良い
G Am7 D7 G
今も胸に 鳴り響いてる
Em Bm C D
君と生きたこの日々のメロディ
G Am7 D D#dim Em
僕は決して忘れない
C D G
君を見てたこの日々を
C D G
僕を見てた君の事
ふと断捨離をしながら「今も胸に鳴り響いてる 笑う時の あのクセのある声」と歌っていました。
そう言えば先日姫路でも発売したアコースティックCDだけど、東京で発売したときの初回限定版だったみたいで、ボーナストラックの多さに驚かれた方も多いと思う。
説明しないとワケのわからないものもあったかもしれないので説明しますね。
初回限定版のみ収録曲以外に3曲入っています。
というのもこのアコースティックCDの発売日がココロランドリーと言う企画ライブで、お客さんから寄せられたメッセージをもとに構成されるライブとなっていて、そこで出来た曲が収録されています。
「ダイエット」と言う曲はまさに痩せたいという人たちからのMessageで出来た曲で、まさかまさかの9月3日発売のアルバムにもバンドアレンジで収録されます。
後の2曲の「ガラケー」をテーマにした曲ともう一曲、なんだかわかるようなわからないようなバラード。
実はこのバラードもテーマは「ガラケー」でした。
ココロランドリーに「未だにガラケーからスマートフォンに変えるきっかけがない。変わるチャンスを。」と言うメッセージが送られてきました。
実は僕も携帯電話を持つのがとても遅かったのです。
だからなんとなくこのMessageを送ってくれた人の心のもうひとつ扉向こう側がわかる気がしました。
バラードの方の曲は長年連れ添った思い入れ深いガラケーから持ち主に向けての歌となっています。
擬人法ですな。
そう思って聴いていただければ、また違った印象を与えるのではないかなぁ。
その後、そのMessageを送ってくれた方がスマートフォンに変えたかどうかは分からない。
分からないが、変えようが変えまいが、この歌を時折思い出して歌ってくれていればそれでいいように思う。
ココロランドリーが今日まで愛されているのはこういった歌たちが出来ていく事のように思う。
そして擬人法なんて使う僕は、物への想いが強すぎて、なかなか捨てれません。。。
ちょうどパソコンデータ断捨離中に歌詞があったので載せますね。
コードも載っていたのでそのまま載せます。笑。
G D Em Bm
ずっと君のそばにいて ずっと君を見守って
C G C D
ずっと君の声を聴き ずっと君といたかった
G D Em Bm
君がこの先どこへ行き 誰を愛していくのか
C G C D G
どんな夢を持つのか ずっと見ていたかったよ
G Am7 D7 G
今も胸に 鳴り響いてる
Em Bm C D
笑う時の あのクセのある声
G Am7 D D#dim Em
僕は決して忘れない
C D G
君を見てたこの日々を
G D Em Bm
君の友達はみんな 僕を見て笑ってる
C G C D
君が僕を守る度 なぜだか悲しくなったよ
G D Em Bm
夕陽が沈むのなら 僕の体も朽ちていく
C G C D G
時計の音が聞こえたら 思い出してほしい
G Am7 D7 G
今も胸に 鳴り響いてる
Em Bm C D
君が僕を 見つめるその瞳
G Am7 D D#dim Em
僕は決して忘れない
C D G
君がくれた優しさを
G D Em Bm
さよならが言えないのは ホントに僕への愛なの
C G C D
僕が隣にいるのは ホントに君への愛なの
G D Em Bm
変わる事恐れないで その一歩を迷わないで
C G C D G
今日までと同じさ 君は君でいれば良い
G Am7 D7 G
今も胸に 鳴り響いてる
Em Bm C D
君と生きたこの日々のメロディ
G Am7 D D#dim Em
僕は決して忘れない
C D G
君を見てたこの日々を
C D G
僕を見てた君の事
仮日記
明日はレコーディング。
録音ものはこれで最後かな。
今から最終的な歌詞のチェックして眠ります。
おやすみ。
録音ものはこれで最後かな。
今から最終的な歌詞のチェックして眠ります。
おやすみ。
2017/07/22
ファンクラブ旅行
姫路でのワンマン2daysのあとはファンクラブ旅行だった。
昔の僕を知る人ならば、この僕がファンクラブ旅行に参加する事に驚かれるだろう。
というかそもそもどんな生き方してんだ!?と突っ込みたくなるが、歳を重ねる事は悪くないと思うのがこういう事が素直に受け入れるようになった事だ。
それでいて作品は腐ってない。最高じゃないか。
前にも触れたが、数年前に行われたファンクラブ旅行の初日。
旅館に着くや否や親父から電話「しげる、あかん、わしもうあかんかもしれん」。親父が入院しているのは知っていた。
「熱が下がらん、こんなことはない。しんどい。もうあかんかもしれん。今日明日かもしれん」。
その言葉に僕は「大丈夫やって!」と笑った。なるべく明るく笑った。
親父は「そうか」と電話を切った。
今になって思うと、あの時、親父は初めて僕に弱音を吐いたんだと思う。いつもの親父ならば「しげるわしはもうあかんかもしれん、お前に言うとく事がある」と遺言のひとつでも言える人だ。でも、あの時はただ「もうあかんかもしれん」と言う事だった。
僕は山梨にいた。
電話を切った後も、ずっと心に影が残り、今ここにいるのが辛く、それでいて参加してくれているファンの人の楽しんでいる顔に、メンバーたちとこぼれる騒がしい声に救われたのを覚えている。
この一件以降、僕はずいぶんと前向きにファンの人と話せるようになった。
今回はBBQという事で、僕の自慢のお肉屋さんで注文しようとしたら鬼のように高かったらしく、そうこうしていると地元の後輩が「オレに任せてください!」と用意してくれた。こういう後輩がいると人生は太くなる。
ホルモンだけはご自慢のお店で取り寄せた。うますぎた。ありがとう。
話は少し変わるがBBQは野外である。
僕は姫路の中でも家からお城が見えるいわゆる街っこ。
代谷や清正君とは全く違う文化の中で生きてきた。
なので虫が大の苦手であり、草が足に当たるだけでも嫌になってしまう貧弱やろうなのだ。
代谷がうれしそうに「情けない!」と普段やられている事を倍返しでやってきたがいたしかたない。
東京に戻ったらさらに倍返しでいじってやろう。
そんなこんなでも僕の適応能力は半端ないのでそんなことも乗り越え楽しんでいたのだが、僕らの泊まるロッジにみんな大嫌いゴキ○リ(以後Gと呼ぶ)が出やがったのだ。
しかも短時間に3匹も。
身の毛もよだつとはこの事だ。
後で聞くと、僕が知ると大騒ぎするから言わなかったらしいが、実際は6匹確認されたらしい。メンバーよりも多いとは何事だ。
東京に帰ってきて約一週間経とうとしているこの今も軽いトラウマになっている。
話を戻そう。
ファンクラブ旅行は楽しかった。
内容をいちいち書くのはナンセンスなので書かないが、BBQ、ゲーム大会(本当はもっとゲーム用意していたけどBBQが長くなったみたいで、、、)。班別に行動した事。深夜の買い出し、、、etc。
とても思い出深く、車の中でもみんなでその事を話したり、ファンの人の事を話したり、個人的にも家に帰ってからも思い出したりと、とても素敵なものになった。
一度っきりの人生、せっかく出会えたのだからこういう日があってもいいと今は素直に思える。
ありがとう。
僕の自前のシャンプー&トリートメントの感想を聞きそびれた以外は最高だった。
もう一度ありがとう!
またぜひやりたいなぁ。
僕の好きなスノーボードもいいが、メンバー誰一人でできないので却下だろうな。
2017/07/20
姫路ハルモニアのライブ
2日目の姫路ハルモニアはしげる×THE NEUTRALでした。
前半の数曲は僕が一人で歌い、次からはメンバー一人ずつとコラボしていくという企画。
代谷と演奏したのは「ヨウゾウ」と「ガタゴト列車」。
僕と代谷の出会いは親友ヨウゾウの部屋。
違う学校に通っていた僕らは共通の親友ヨウゾウを通して知り合った。
特に仲が良かったわけではないが、みんなが集まるたまり場@ヨウゾウの部屋でタバコ吹かして麻雀して、ファミスタして。
で何がどうなったか気がつけば同じバンドをやっていて、同じ喜怒哀楽を味わい、友達から仕事仲間となって、、、。
でも、この2曲の間は「しげ」「しろや」の2人に戻っていたような気がする。
おそらくこのライブのベストプレイだったと思う。
次にサポートドラマーの域を完全に超えている旧知の友、タッピーと2人で。
「歳の取り方」と先輩バンドソルビットの「in the rain」をカバー。
24歳だったかなぁ。
僕らとタッピーは「逆走天国」というオムニバスアルバムに参加して一緒にツアーに廻った。
その時に書きおろした曲が「歳の取り方」だった。
ちょうど今ツアーで姫路に向かいながら2人で「逆走天国」を聴いていた。
カーステレオから流れてくる両バンドは、、、泣けてくるほどヘタで。笑。
でもなんか2人ともノスタルジックになって、、、。
今回この曲をやる事に急遽決めた。
3番手は清正さん。
「永福町」「風の吹く場所」「観覧車」という僕のソロの曲を演奏した。
母が今住んでいるマンションからは観覧車が見える。
夢を追うってことは観覧車に乗るようなものかもな、もう止まってしまった手柄山遊園地の観覧車を見ながらそんなことを思っていた。
改めて素敵な歌だなぁと思った。
ラストはニュートラルとして数曲を演奏し、結局はロックンロールでバカーン!となったんだけど、素敵なライブになったと思う。
ニュートラルはいろんな良さを持っている。
バチコーンと圧倒的に乱暴なライブも出来れば、丁寧に構成されたライブも出来る。
そしてもうひとつの武器はやはり、、、言葉が生きている事だと思う。
バンドとは、の前に楽曲はやはり大切だ。
そもそもの裸の状態が見れるのがアコースティックライブ。
僕の原点はここにあり、ここがあるからこそ僕らのライブが光る理由が見えてくる。と思う。
心地よいライブの後はファンクラブ旅行だった。
前半の数曲は僕が一人で歌い、次からはメンバー一人ずつとコラボしていくという企画。
代谷と演奏したのは「ヨウゾウ」と「ガタゴト列車」。
僕と代谷の出会いは親友ヨウゾウの部屋。
違う学校に通っていた僕らは共通の親友ヨウゾウを通して知り合った。
特に仲が良かったわけではないが、みんなが集まるたまり場@ヨウゾウの部屋でタバコ吹かして麻雀して、ファミスタして。
で何がどうなったか気がつけば同じバンドをやっていて、同じ喜怒哀楽を味わい、友達から仕事仲間となって、、、。
でも、この2曲の間は「しげ」「しろや」の2人に戻っていたような気がする。
おそらくこのライブのベストプレイだったと思う。
次にサポートドラマーの域を完全に超えている旧知の友、タッピーと2人で。
「歳の取り方」と先輩バンドソルビットの「in the rain」をカバー。
24歳だったかなぁ。
僕らとタッピーは「逆走天国」というオムニバスアルバムに参加して一緒にツアーに廻った。
その時に書きおろした曲が「歳の取り方」だった。
ちょうど今ツアーで姫路に向かいながら2人で「逆走天国」を聴いていた。
カーステレオから流れてくる両バンドは、、、泣けてくるほどヘタで。笑。
でもなんか2人ともノスタルジックになって、、、。
今回この曲をやる事に急遽決めた。
3番手は清正さん。
「永福町」「風の吹く場所」「観覧車」という僕のソロの曲を演奏した。
母が今住んでいるマンションからは観覧車が見える。
夢を追うってことは観覧車に乗るようなものかもな、もう止まってしまった手柄山遊園地の観覧車を見ながらそんなことを思っていた。
改めて素敵な歌だなぁと思った。
ラストはニュートラルとして数曲を演奏し、結局はロックンロールでバカーン!となったんだけど、素敵なライブになったと思う。
ニュートラルはいろんな良さを持っている。
バチコーンと圧倒的に乱暴なライブも出来れば、丁寧に構成されたライブも出来る。
そしてもうひとつの武器はやはり、、、言葉が生きている事だと思う。
バンドとは、の前に楽曲はやはり大切だ。
そもそもの裸の状態が見れるのがアコースティックライブ。
僕の原点はここにあり、ここがあるからこそ僕らのライブが光る理由が見えてくる。と思う。
心地よいライブの後はファンクラブ旅行だった。
2017/07/19
姫路夏フェスを終えて
3連休は姫路で過ごしました。
まずは毎年恒例の「夏祭り」。
いつからはじまったのかもはや日にち感覚の乏しい僕には思い出せないのだが、やらねばならないライブとしてある事は間違いない。
今年は趣向を凝らし、ライブハウスの前のスタジオも借りてフェスとしてやることにしました。
まずはじめにロックバンドとしてロックな曲しかやらないMCもしないバンド「Thee neutrale」さんが出演。ロックバンドを意識しすぎたのか演奏が速い速い。笑。
ボーカルの人が楽屋で「おめぇーらひよってんじゃねぇーよ。はえぇーよ!」と笑い怒っていました。メンバーの皆さんも「バレたかぁ」と苦笑いしてました。笑。
続きましてはブースに分かれてのライブ。
メインステージではSEISHOの童謡ROCKですね。
僕は見れていないのですが、きっとあのままの感じでしょう。
以外とバンドやってる人は笑ってしまう素敵な曲達ばかりです。また会える日を楽しみにしています。
マウンテンステージでは「桔梗屋代谷」という音楽からかけ離れたダフ屋のような怪しいやつが参戦。
少し話がそれるが「パンとピストル」が売れている真っ最中に大人の事情ってやつで「パンとピストル」と「チャンスはそこだ!」は廃盤になってしまった。
売れてる真っ最中に廃盤になるってことは本当にめずらしく、1500円のCDがオークションで2万円、最高で5万円までになっていたらしい。
当時、事務所内で保管していた在庫分の「パンとピストル」が数枚紛失するという事件があり(結果普通に別の場所にあった)、僕が冗談で「代谷が売ってんじゃないの」と言っていた記憶がありーのの、「桔梗屋代谷」。
一休さんの桔梗屋のイメージで。
要はニュートラルに関するものを勝手に売るという闇商人ですな。笑。
売るものは「桔梗屋代谷」さんに任せる事にして、ひとつだけ決め事として、「儲けない!」ことを前提にお願いした。
売るにしても100円200円というマックス500円を超えない範囲で、笑える範囲でと。
ただ「桔梗屋代谷」さんが用意して昔のレアTシャツが恐ろしく売れてしまい、気の弱い「桔梗屋代谷」さんは高値で売れてしまったと反省していました。
ここまでセットで楽しんでもらえたなら幸いです。
オーシャンステージは「しげにゃーにゃ」によるマジックでした。
「しげにゃーにゃ」には大好きな従兄弟のお兄ちゃんがいて、この人が偏差値が70を超える秀才な兄貴で小学生の頃から憧れていて、ちびっ子にも関わらず新幹線でその兄貴の家に泊まりいくほど大好きで、この兄貴から教わった事が大きいと「しげにゃーにゃ」は言っていました。
雑学、怖い話、ゲーム、本、博学の従兄弟の兄貴から学んだ事は数知れず、その中に手品があった、らしい。
見られた方は分かってもらえたかもしれないけど、少しだけ素人の域をはみ出ている感じがあったかと。
中学生の時はマジシャンになるのもいいかなぁと考えていたらしい。
久しぶりに披露できて良かったと「しげにゃーにゃ」はご満悦でした。
そして次の時間帯。
メインステージはベースボーイ代谷。
ジャンルとリズムテンポが書かれた札をランダムに引き、でたやつをセッションすると言う真面目な企画。
たとえば「ファンク」の「テンポ120」といった具合に。
サポートドラマータッピーにも参加してもらいーのの、セッション。
楽屋でしきりに「ほんまにええお客さんやー」と言っていたので、助けてもらったのでしょう。笑。
マウンテンステージでは「世にも清正な物語」。
この季節にぴったりの怪談話ですね。
個人的にはこれもやってみたかったけど、清正君に譲りました。
どんな内容だったんだろうか、、、また聞かせてもらおう。
オーシャンステージは「三木茂」
懐かしい歌を中心に歌いました。
「歩道橋の上」「新曲の断片」「映画を観にいこう」。
今思えば曲の作り方、その場で即興、などもおもしろかったかなぁと。
ま、次の機会にでも。
「歩道橋の上」はあのスタジオで作り込んだ歌だったから個人的には懐かしい風が吹いて心地よかったです。
そしてTHE NEUTRALのライブ。
こちらも懐かしいものから新曲までばばばーーーっと。
アンコールはいつものように決め込まないでやるスタイル。
アンコール前半は少しばたついたものの(苦笑)、ダブルアンコールもあって最高でしたね!ありがとう!!
と、今日はここまでにしようかな。
もう5時だよ。
やっぱりライブ終わった後ってHP見るもんね。
君たちが感じた景色と僕らが見ていた景色の色を確認したいだろうと思い、日記を書きました。
続きは明日ね!
誤字脱字あったらごめんね。
おやすみなさい。
2017/07/14
THE 日記
明日は姫路に移動。
明後日には姫路での3日間のライブだ。
今日は急に親父の事を思い出した。
愛する人が亡くなった時に、「悲しみすぎだ」とか、「オレは親(恋人)亡くなった時そんなに悲しくなかったけどな」という人がいるが、悲しみはそのなくなった人の「生き方」とそれを受け取ったかどうかで大きく変わる。
親父が亡くなった時、従兄弟3兄弟がすごく泣いてくれた。
「オレ、自分の親父が亡くなってもこんなに泣かへんと思う。それくらい悲しい。」と言っていたのが印象的だった。
そう言う事だと思う。
姫路に帰るのかぁ。
家族に優しくしないとな。
さぁ、ええライブしよう!
2017/07/13
一人そば
先日ライブ終わりに富士そばでそばを食べていたら、ふと兵庫県にいた頃たいこ弁当で深夜一人で牛丼食ってた事を思い出した。
店内の演歌がノスタルジックにさせたのかどうかは分からないけど、フラッシュバックした。
18歳の僕は何も持っていなかった。
好きな人はいたが想いを告げる勇気もなく、バンドも始めていない。
仲間だけはたくさんいるが、だからこそ一人のときは急激に寂しくなる。
先日の僕も爽快なライブの後だったからこそ、一人そばにどうしようもない喪失感を感じたのだろうと今は思う。
生きていくという事は失うという事でもある。
時計が逆回転しない限り、常に僕らは何かを失いながら生きている。
時間、若さ、形あるもの。
それを埋めることが「生きている」から「人生」と変わるのではないか、と朝7時にそんなことを考えている。
今週末は姫路でライブだ。
あそこには僕が拾ってきたもの失ったものがたくさんある。
久しぶりに帰る気がする。
素敵な週末にしよう。
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