2009/05/31
「誰も知らない泣ける歌」が終わった
「誰も知らない泣ける歌」が、5月26日の放送を持って終了したらしい。
『ちびとふとっちょ』が選ばれて、テレビ局に打ち合わせにいった際、ディレクターの方に「誰も知らないなんてアーティストさんには失礼な言葉なのですが、、、中略、それでも、本当に良い歌を届けていこうと言う番組を目指していまして」と言われた。
一昔前に僕なら、格好つけて「誰も知らない」という言葉に引っかかっただろうけど、『ちびとふとっちょ』は知る人ぞ知るだったので、確かに番組には合っていたし、なんにもひっかからなかった。
昨今、宣伝としての歌番組ばかりの中、この番組に限ってはレコード会社がお願いに行っても採用されないと言う話を聴いていたので、むしろ嬉しかったのを覚えている。
テレビに出る事が良い事なのか、僕はこれからも出たいのか、そう聞かれれば正直言葉に困る。
ただ、この番組の次の日、着うたのデイリーランキングが14位にランクインされたのを見て僕は笑ってしまった。
それは嬉しい笑いではなく、「なーんだ、こんなもんなのか」ということ。
『パンとピストル』以降、色んな事がありメディアに出る事のなかった僕ら。
『パンとピストル』『ちびとふとっちょ』、メディアに乗った歌はすべて結果を出してくれた。
これは自信になったし、メディアを使い歌を届けると言う事もしっかりとしていかないとな、そう思うになった。
ライブはもうぶれない。
だからこそ。
僕にきっかけ、色んな道を照らしてくれた「誰も知らない泣ける歌」。
終わってしまったのがとても残念である。
あの番組に出た僕らが、もう一度大きく飛躍するしかない。
心折れそうな夜も、あの光の先を目指し歩いていこう。
2009/05/29
積み重ねていく
日々は積み重ねだと思う。
急展開な事もやはり積み重ねだったりする。
良い事も。
悪い事も。
最近、僕の周りで長い間お付き合いしていたのにさよならしちゃった人がたくさんいる。
二人で積み重ねた日々が一瞬にして終わる。
客観的に話を聞いてみればそう思ってしまうだろうが、ほころびもやはり日々の積み重ねだったりする。
逆を言えば積み重ねたものは一気には崩れにくい。
日々積み重ねる過程で歪みに気が付けば軌道修正。
でも、自分では気が付かない事が多いから、周りの声には耳を貸すべきだと思う。
今僕はどの辺りでどういう立ち方をしているんだろう?
心を映す鏡はモノではなく人のような気がする。
誠実に誠実に。
仕事にも、愛にも、手を抜く事なく。
コツコツと積み重ねていこう。
2009/05/28
THE 日記「渋谷4公演を終えて」
今日は渋谷で僕一人でのライブでした。
多くの人が見に来てくれました。
よくよく考えると今月は、渋谷O-CRESTワンマンライブを入れて3回目。
僕の詩の朗読も入れれば4回も公演しているのに、あんなに来てくれた事に、本当に嬉しく思います。
そしてまた歌を作ろう、歌おうと言う力を僕にくれます。
その事を書き記しておきたくて。
本当にありがとう。
はやく新曲を聴いてもらえるよう、メンバー一同しっかり生きていきます。
2日後の柏のライブは少し時間が長いようなので、来られる方はお楽しみに!
今日も僕はしっかりと足跡が残せたと思います。
多くの人が見に来てくれました。
よくよく考えると今月は、渋谷O-CRESTワンマンライブを入れて3回目。
僕の詩の朗読も入れれば4回も公演しているのに、あんなに来てくれた事に、本当に嬉しく思います。
そしてまた歌を作ろう、歌おうと言う力を僕にくれます。
その事を書き記しておきたくて。
本当にありがとう。
はやく新曲を聴いてもらえるよう、メンバー一同しっかり生きていきます。
2日後の柏のライブは少し時間が長いようなので、来られる方はお楽しみに!
今日も僕はしっかりと足跡が残せたと思います。
2009/05/26
仮日記
日曜日、東京ドームに野球を見に行ってきた。
もちろん、今はバタバタしている時期で「そんな時間あんのかよ!」と自分を責めたくなるのだが、今回は別。
なぜならばスポンサーであったり、VIPしか入れないと言う「スイート倶楽部」というチケットで見てみないか?と誘われたからだ。
世の中にVIPと言うものはあるもんである。
まず駐車場からして「お待ちいただく必要はありません」みたいな事が書いてあり、警備員さんが「スイートはこっち!」と特別ルートを案内してくれるではないか!?
「うむ、苦しゅーない!」と落ち着いた態度が取れるわけでもなく、「何じゃーーー!この扱いは!!」とテレとなぜか怒りまでこみ上げて来る庶民代表の僕と、紹介が遅れたが我らがビートダイスケ。
チケットを渡し、専用の入り口から中へ。
ホテルのように従業員が待っており、僕らは部屋に案内する。
305号室。
ん?
ほんとにホテル?
野球見に来たんやけど?
入ると14畳ほどの部屋。
あれ?
野球は?
よくみると外に出れるドアが。
外に出ると5席くらいある特別席。
野球好きならお分かりかもしれないが、ミスターこと長嶋茂雄終身名誉監督が病気の後、元気な姿を見せてくれたあの席だ。
部屋でご飯も食べれて、なんならテレビもある。
なんでも一番の贅沢は、ここまできてテレビのみで観戦する事とか。
従業員が一部屋に一人ついていろいろと世話をしてくれる。
こんな世界もあるんだなぁと感心した。
野球好きの父もここで見せてあげたいな、と家に帰ってチケットの入手方法を調べたが、当然一般発売はされていなかった。
僕はこういう身の程知らずな体験をするたびに、東京に来て良かったなぁと思うし、一つの事を頑張って少しずつでも上に上り詰めてきた事を少しだけ誇らしく思う。
それは成金発想ではなく、単純に、一回きりの人生でこういう経験を出来た事を嬉しく思うのだ。
ジャイアンツは残念ながら負けた。
次に僕はまたここで試合を見る事はあるのだろうか?
バンドを続けていれば、いつかきっとまたあると、なぜだかそう思える。
帰りには土砂降りの雨が降っていた。
僕とダイスケが乗ったエレベータが途中で止まると言うハプニングもあった。
花より団子状態だ。
ダイスケじゃなくちょっと気になる女の子と来ていたら惚れてしまうシチュエーションだった。
本当に貴重な経験をした一日だった。
追記、7月20日新しいアルバムが出る事になりました。
詳しくはまた書きます。
とりあえず、遠方の方も出来る限り来てほしいです。
もちろん、来て良かったーと思える事、思えるもの、考えています。
お楽しみに!!
もちろん、今はバタバタしている時期で「そんな時間あんのかよ!」と自分を責めたくなるのだが、今回は別。
なぜならばスポンサーであったり、VIPしか入れないと言う「スイート倶楽部」というチケットで見てみないか?と誘われたからだ。
世の中にVIPと言うものはあるもんである。
まず駐車場からして「お待ちいただく必要はありません」みたいな事が書いてあり、警備員さんが「スイートはこっち!」と特別ルートを案内してくれるではないか!?
「うむ、苦しゅーない!」と落ち着いた態度が取れるわけでもなく、「何じゃーーー!この扱いは!!」とテレとなぜか怒りまでこみ上げて来る庶民代表の僕と、紹介が遅れたが我らがビートダイスケ。
チケットを渡し、専用の入り口から中へ。
ホテルのように従業員が待っており、僕らは部屋に案内する。
305号室。
ん?
ほんとにホテル?
野球見に来たんやけど?
入ると14畳ほどの部屋。
あれ?
野球は?
よくみると外に出れるドアが。
外に出ると5席くらいある特別席。
野球好きならお分かりかもしれないが、ミスターこと長嶋茂雄終身名誉監督が病気の後、元気な姿を見せてくれたあの席だ。
部屋でご飯も食べれて、なんならテレビもある。
なんでも一番の贅沢は、ここまできてテレビのみで観戦する事とか。
従業員が一部屋に一人ついていろいろと世話をしてくれる。
こんな世界もあるんだなぁと感心した。
野球好きの父もここで見せてあげたいな、と家に帰ってチケットの入手方法を調べたが、当然一般発売はされていなかった。
僕はこういう身の程知らずな体験をするたびに、東京に来て良かったなぁと思うし、一つの事を頑張って少しずつでも上に上り詰めてきた事を少しだけ誇らしく思う。
それは成金発想ではなく、単純に、一回きりの人生でこういう経験を出来た事を嬉しく思うのだ。
ジャイアンツは残念ながら負けた。
次に僕はまたここで試合を見る事はあるのだろうか?
バンドを続けていれば、いつかきっとまたあると、なぜだかそう思える。
帰りには土砂降りの雨が降っていた。
僕とダイスケが乗ったエレベータが途中で止まると言うハプニングもあった。
花より団子状態だ。
ダイスケじゃなくちょっと気になる女の子と来ていたら惚れてしまうシチュエーションだった。
本当に貴重な経験をした一日だった。
追記、7月20日新しいアルバムが出る事になりました。
詳しくはまた書きます。
とりあえず、遠方の方も出来る限り来てほしいです。
もちろん、来て良かったーと思える事、思えるもの、考えています。
お楽しみに!!
2009/05/25
良い一日
今日はとても楽しい一日でした。
また書きます。
長生きするもんだなと実感するのは、未知のものを経験した時。
東京に来て良かったと言う一日でした。
夜はバケツをひっくり返したような雨でした。
いや、滝のようでした。
エレベーターも停電で止まりました。
こういうものも長生きしないと経験出来ない。
今日はやっぱり良い一日でした。
また書きます。
長生きするもんだなと実感するのは、未知のものを経験した時。
東京に来て良かったと言う一日でした。
夜はバケツをひっくり返したような雨でした。
いや、滝のようでした。
エレベーターも停電で止まりました。
こういうものも長生きしないと経験出来ない。
今日はやっぱり良い一日でした。
2009/05/23
ラグビー普及委員会でいいんかい?
今日は個人的な思い入れを。
中学野球部、高校ラグビー部と所属してきた僕が言えるのは、ラグビーの方が面白い。
と書くと当然非難を浴びそうだけど、いいではないか。ラグビーは人気がないのだ。
あるときあまりに競技人口不足でラグビーボールをキックで50m飛ばせたら日本代表候補に入れるという激甘審査を開始したほどだ。
スポーツ性としては、やってみるとどのスポーツよりも面白い。
何が面白いのか?
ラグビーには偶然がない。
ある程度のスポーツには偶然がある。
野球なら偶然バットに当たった。
サッカーでも偶然ゴールに入った。
バスケならまぐれで3ポイントが入った。
もちろん、そうそうある事ではないが、やっていた人なら分かる。
偶然がある事もある。
でも、ラグビーにはないのだ。
ラグビーで相手を止める方法は己の体でタックルして止めるだけ。
相手よりパワーがないと止める事も出来ない。
偶然止めるなんて事はないのだ。
だからこそ僕らは鍛えていた。
冷蔵庫のような大男でしかも足が速いと言う困ったちゃんを倒す為に。
僕なんかは鍛え過ぎてシャツの一番上のボタンがしまらなかったほどだ。今は見る影もなくガリガリだけど。
なので、ラグビーの場合、相手と実力差があり過ぎるとボールを触る事も出来ず一方的に試合が終了する。
だからこそ勝ったときの喜びはひとしおなのだ。
やってみるとこれほど面白いスポーツはないと言えるほど楽しい。
だけど、圧倒的に競技人口が少ない。
ラグビーをやれば日本代表になれた人でも野球やサッカーの道にいっちゃった人もたくさんいるだろう。
久しぶりにやってみたいな。
追記、今日は渋谷でライブでした。
来てくれたみなさん、ありがとう!
明日は千葉でフリーライブ。
27日はまたもやクレストでソロライブです。
こっちの方もぜひ来てやってくださいませ!
中学野球部、高校ラグビー部と所属してきた僕が言えるのは、ラグビーの方が面白い。
と書くと当然非難を浴びそうだけど、いいではないか。ラグビーは人気がないのだ。
あるときあまりに競技人口不足でラグビーボールをキックで50m飛ばせたら日本代表候補に入れるという激甘審査を開始したほどだ。
スポーツ性としては、やってみるとどのスポーツよりも面白い。
何が面白いのか?
ラグビーには偶然がない。
ある程度のスポーツには偶然がある。
野球なら偶然バットに当たった。
サッカーでも偶然ゴールに入った。
バスケならまぐれで3ポイントが入った。
もちろん、そうそうある事ではないが、やっていた人なら分かる。
偶然がある事もある。
でも、ラグビーにはないのだ。
ラグビーで相手を止める方法は己の体でタックルして止めるだけ。
相手よりパワーがないと止める事も出来ない。
偶然止めるなんて事はないのだ。
だからこそ僕らは鍛えていた。
冷蔵庫のような大男でしかも足が速いと言う困ったちゃんを倒す為に。
僕なんかは鍛え過ぎてシャツの一番上のボタンがしまらなかったほどだ。今は見る影もなくガリガリだけど。
なので、ラグビーの場合、相手と実力差があり過ぎるとボールを触る事も出来ず一方的に試合が終了する。
だからこそ勝ったときの喜びはひとしおなのだ。
やってみるとこれほど面白いスポーツはないと言えるほど楽しい。
だけど、圧倒的に競技人口が少ない。
ラグビーをやれば日本代表になれた人でも野球やサッカーの道にいっちゃった人もたくさんいるだろう。
久しぶりにやってみたいな。
追記、今日は渋谷でライブでした。
来てくれたみなさん、ありがとう!
明日は千葉でフリーライブ。
27日はまたもやクレストでソロライブです。
こっちの方もぜひ来てやってくださいませ!
2009/05/22
THE 日記「未来を切り開き」
今日もレコーディングでした。
良い作品になっていると思います。
合間にはCDのジャケットの話、その他にも沢山未来に進む話をしました。
未来に進む話が出来るって、本当に素敵な事だなぁと思います。
未来に進む話が「解散」という仲間達も沢山見てきました。
何年もバンドをやっていると、むしろ未来を見れている方が珍しい事にも気が付いてきました。
解散していく仲間達、きっとそのファンの方と同じくらい、いや、いろいろ分かるだけに僕らも辛い思いになります。
だからこそ、僕はあまり仲間の解散ライブを見に行かないのです。見に行けないのです。
レコーディングの後、ずっと頭の中にあった曲を形にしました。
まだ歌詞もない歌ですが、良い歌だと思います。
良い歌ってもう分かるんです。
こりゃやばいなと。
こうやって自分と戦って、昨日の自分、今の自分に打ち勝つ事から未来は開けていくのだなぁと思います。
さぁ、今日は渋谷でライブ。
楽しんできます。
未来を開けに行ってきます!!
2009/05/21
my road
小学5年生の時の球技大会でボクは9回裏逆転満塁ホームランを打った。
しかも当時の彼女の前で。
思えばここが勘違いロードの始まりだった。
そこから僕は地元のソフトボールチーム、その名も「ホワイトベアーズ」に入った。
背番号は26。
占い等を信じない僕が唯一、今でもラッキーナンバーにしている番号である。
この他にも「スカイシャークス」という硬球を扱う野球チームもあったが、硬球はプロの使う球で当たると危ないし怖い、なによりも直訳して「空のサメ」ってなんか恐ろしいじゃないか!!それより「シロクマ」の方が可愛いという理由でソフトボールチームにした。
思えばここが僕の逃げ道ロードの始まりだったと思う。
勘違いで始まった野球人生。
中学一年でさっそく目を覚まされる。
2月生まれで誰よりも体が小さく、下に毛が生えるのも誰よりも遅かった僕は人生で初の補欠と言う位置に属す。
このコンプレックスは味わったものしか分からない。
結局3年間ずっと補欠。
強いチームであったし、監督は中学野球なのに異常に勝ちにこだわる教育者から少しはずれた野球好き親父だったので、最後の試合も僕は代打にも出してもらえず素振りで終わった。
小学5年生の時から続いている彼女はどんな目で僕を見ていたのだろうか?
満塁ホームランの僕から補欠の僕を。
試験前に暗記パンがあればなぁと熱望する僕は、いつだって「この一打席だけでも原辰徳(当時の巨人の4番バッター)に代われないかなぁ」と思っていた。
いや、正直に言おう。
「原はチャンスに弱いから、この場合は今だけクロマティになりたい!」と、そもそもが無茶なお願いなのに人種の壁さえも無視して懇願し、神様を迷わせた。
思えばここが僕の妄想ロードの始まりだったと思う。
高校に進んだ僕は野球を諦め、すぐにレギュラーになれると言う淡い誘いに乗せられラグビー部に所属。
本当にすぐにレギュラーになったし、兵庫県選抜のセレクションを受けにいくほど僕には合っていた。
が、途中で音楽の道に魅せられ今ではこの道へ。
そして僕は今、この音楽を11年続けている。
一番自分にあっているものであり、大げさに言えば、出会えただけで自分の生まれてきた意味を見つけた気がする。
思わなくてもこれが僕のロードなのである。
そしてその途中で寄り道してきた淡い夢達。
それが僕のロードを太くしていっている。
太いからこそ僕は真っすぐではなく、ふらふらと時には障害物を余裕でよけたりして歩いている。
今日もこうして。
歩いているのだ。
しかも当時の彼女の前で。
思えばここが勘違いロードの始まりだった。
そこから僕は地元のソフトボールチーム、その名も「ホワイトベアーズ」に入った。
背番号は26。
占い等を信じない僕が唯一、今でもラッキーナンバーにしている番号である。
この他にも「スカイシャークス」という硬球を扱う野球チームもあったが、硬球はプロの使う球で当たると危ないし怖い、なによりも直訳して「空のサメ」ってなんか恐ろしいじゃないか!!それより「シロクマ」の方が可愛いという理由でソフトボールチームにした。
思えばここが僕の逃げ道ロードの始まりだったと思う。
勘違いで始まった野球人生。
中学一年でさっそく目を覚まされる。
2月生まれで誰よりも体が小さく、下に毛が生えるのも誰よりも遅かった僕は人生で初の補欠と言う位置に属す。
このコンプレックスは味わったものしか分からない。
結局3年間ずっと補欠。
強いチームであったし、監督は中学野球なのに異常に勝ちにこだわる教育者から少しはずれた野球好き親父だったので、最後の試合も僕は代打にも出してもらえず素振りで終わった。
小学5年生の時から続いている彼女はどんな目で僕を見ていたのだろうか?
満塁ホームランの僕から補欠の僕を。
試験前に暗記パンがあればなぁと熱望する僕は、いつだって「この一打席だけでも原辰徳(当時の巨人の4番バッター)に代われないかなぁ」と思っていた。
いや、正直に言おう。
「原はチャンスに弱いから、この場合は今だけクロマティになりたい!」と、そもそもが無茶なお願いなのに人種の壁さえも無視して懇願し、神様を迷わせた。
思えばここが僕の妄想ロードの始まりだったと思う。
高校に進んだ僕は野球を諦め、すぐにレギュラーになれると言う淡い誘いに乗せられラグビー部に所属。
本当にすぐにレギュラーになったし、兵庫県選抜のセレクションを受けにいくほど僕には合っていた。
が、途中で音楽の道に魅せられ今ではこの道へ。
そして僕は今、この音楽を11年続けている。
一番自分にあっているものであり、大げさに言えば、出会えただけで自分の生まれてきた意味を見つけた気がする。
思わなくてもこれが僕のロードなのである。
そしてその途中で寄り道してきた淡い夢達。
それが僕のロードを太くしていっている。
太いからこそ僕は真っすぐではなく、ふらふらと時には障害物を余裕でよけたりして歩いている。
今日もこうして。
歩いているのだ。
2009/05/19
合鍵を作る職人
鍵を盗まれると言う、末恐ろしい事件に巻き込まれた。
鍵ですよ。鍵。
盗んじゃダメでしょ。
怖いですよ。
寝れませんもん。
まぁ、いろいろ紐解くとどうやらキーホルダー目当てだと推測されるけど。
いるみたいです。
色んな方が。
というわけで早速合鍵を作りに鍵屋さんへ。
なんで鍵屋さんは靴の修理屋を兼ねているんだろう?という素朴な疑問も持ちつつ店内へ。
おそらく親子であろう二人の店員。
歳の頃は30歳中頃と、60歳オーバーのいかにも職人っていう面構えのじいさん。
息子が愛想良く接客してくれた。
僕は2種類の合鍵を頼んだ。
息子が「少々お待ちください」と笑顔の対応しているというのに、職人の親父は無愛想極まりない。
一言も話さないまま、鍵を選び、メガネをかけ、作業ライトをつけ機械の前に立ち鍵を削りだす。
キーン、キーン、キュルルル。
店内に響く金属を削る音。
職人の背中が大きく見える。
格好よかった。
無愛想でいい。
職人は技があれば媚びなくていいのだ。
帰り際、息子の明るい「ありがとうございました」の後に小さな声で「・・・したぁ」と親父。
どこまでもカッコいい。
家に帰り早速合鍵の方で鍵を開けてみた。
ん?
あれ?
この!!
開かなかった。
改めて鍵を見直すと、左右不対称の鍵を左右対称に作っており、素人目でも大失敗作品だった。
結構初歩的なミスである。
愛想の悪い、おっちょこちょいの職人。
あかんやん。
気が付くと僕は鍵を眺めて笑っていた。
明日、笑顔で「これちゃいますやん!」と親父に話しかけてやろうと思う。
さぁ、どんな反応になるのか?
親父の心の鍵を開けてやろうと思う。
鍵ですよ。鍵。
盗んじゃダメでしょ。
怖いですよ。
寝れませんもん。
まぁ、いろいろ紐解くとどうやらキーホルダー目当てだと推測されるけど。
いるみたいです。
色んな方が。
というわけで早速合鍵を作りに鍵屋さんへ。
なんで鍵屋さんは靴の修理屋を兼ねているんだろう?という素朴な疑問も持ちつつ店内へ。
おそらく親子であろう二人の店員。
歳の頃は30歳中頃と、60歳オーバーのいかにも職人っていう面構えのじいさん。
息子が愛想良く接客してくれた。
僕は2種類の合鍵を頼んだ。
息子が「少々お待ちください」と笑顔の対応しているというのに、職人の親父は無愛想極まりない。
一言も話さないまま、鍵を選び、メガネをかけ、作業ライトをつけ機械の前に立ち鍵を削りだす。
キーン、キーン、キュルルル。
店内に響く金属を削る音。
職人の背中が大きく見える。
格好よかった。
無愛想でいい。
職人は技があれば媚びなくていいのだ。
帰り際、息子の明るい「ありがとうございました」の後に小さな声で「・・・したぁ」と親父。
どこまでもカッコいい。
家に帰り早速合鍵の方で鍵を開けてみた。
ん?
あれ?
この!!
開かなかった。
改めて鍵を見直すと、左右不対称の鍵を左右対称に作っており、素人目でも大失敗作品だった。
結構初歩的なミスである。
愛想の悪い、おっちょこちょいの職人。
あかんやん。
気が付くと僕は鍵を眺めて笑っていた。
明日、笑顔で「これちゃいますやん!」と親父に話しかけてやろうと思う。
さぁ、どんな反応になるのか?
親父の心の鍵を開けてやろうと思う。
2009/05/17
絵の才能
僕は絵が上手だった。
小学校のとき、2枚ほどどっかに出展され賞状をもらった。
これには、破天荒、ラオウ、すべての名剛(自分の中の造語です)を欲しいままにしている我が父が美大出身だった事も関係している。
親父は本当に絵が上手だった。
子供の頃、「ねぇ、ドラゴンボールの孫悟空書いて!」とお願いした事がある。
こっちのニュアンスでは、落書きの延長で紙にサラサラっ!と書いてくれというもの。
が、愛する息子から自分の得意ジャンルで注文が来たものだから、親父の心はヒートアップ。
朝までかかって書いてくれた事がある。
作者かっっっ!!
誰がそんなしっかり書いてほしいねんっ!
と思ったが、タバコの煙が煙たいと言っただけで尋常じゃなく怒られた記憶のある僕は黙ったいた。
まぁ、今僕が誰かに「軽く歌を録ってほしい」と言われたら一生懸命やってしまうんと一緒の事なんやな。
ようはそれほど絵に情熱があったってこと。
それを色濃く受け継いだのが、兄貴。
幼稚園の頃、虎の絵を描いたところ、絵から飛び出してきそうなリアルな虎を描いて神童の名をほしいままにした作品がある。
僕なんかはその絵を見るのが怖かったくらいだ。
一休さんもうかつに「その虎を出してください!」と言えないだろう。
だが、先日、兄貴と話していると「オレは自分で絵がうまいと思っていたけど、小学校のとき、恋つえがうまいなぁって思ってたヤツと写生大会で勝負した時にあぁ負けたぁと思ったんや。で、自分に絵の才能がない事に気が付いた」と言っていた。
僕はそれを聞いて「もったいない」と思った。
写生とそこにいない虎を書く才能は全く別である。
見たものをうまく書く人、そこにないものを想像して書く人は似て非なるもの、別物である。
こうやって多くの子供は自分の限界を買ってみて夢を終わらせていくのかぁと切なくなったけど、今振り返ると、芸術家に厳しいこの国で、兄弟揃って親不孝な職業を選ばなくて良かったのかも、なんて皮肉ってみたりもする。
僕の絵の才能その後どうなったか、まったくである。
ひどいものである。
僕と兄貴のその頃の絵はどうなったか。
思い出デリカシーを西の空に捨てた母の手によって、引っ越しの際に見事に捨てられた。
ひどいものである。
小学校のとき、2枚ほどどっかに出展され賞状をもらった。
これには、破天荒、ラオウ、すべての名剛(自分の中の造語です)を欲しいままにしている我が父が美大出身だった事も関係している。
親父は本当に絵が上手だった。
子供の頃、「ねぇ、ドラゴンボールの孫悟空書いて!」とお願いした事がある。
こっちのニュアンスでは、落書きの延長で紙にサラサラっ!と書いてくれというもの。
が、愛する息子から自分の得意ジャンルで注文が来たものだから、親父の心はヒートアップ。
朝までかかって書いてくれた事がある。
作者かっっっ!!
誰がそんなしっかり書いてほしいねんっ!
と思ったが、タバコの煙が煙たいと言っただけで尋常じゃなく怒られた記憶のある僕は黙ったいた。
まぁ、今僕が誰かに「軽く歌を録ってほしい」と言われたら一生懸命やってしまうんと一緒の事なんやな。
ようはそれほど絵に情熱があったってこと。
それを色濃く受け継いだのが、兄貴。
幼稚園の頃、虎の絵を描いたところ、絵から飛び出してきそうなリアルな虎を描いて神童の名をほしいままにした作品がある。
僕なんかはその絵を見るのが怖かったくらいだ。
一休さんもうかつに「その虎を出してください!」と言えないだろう。
だが、先日、兄貴と話していると「オレは自分で絵がうまいと思っていたけど、小学校のとき、恋つえがうまいなぁって思ってたヤツと写生大会で勝負した時にあぁ負けたぁと思ったんや。で、自分に絵の才能がない事に気が付いた」と言っていた。
僕はそれを聞いて「もったいない」と思った。
写生とそこにいない虎を書く才能は全く別である。
見たものをうまく書く人、そこにないものを想像して書く人は似て非なるもの、別物である。
こうやって多くの子供は自分の限界を買ってみて夢を終わらせていくのかぁと切なくなったけど、今振り返ると、芸術家に厳しいこの国で、兄弟揃って親不孝な職業を選ばなくて良かったのかも、なんて皮肉ってみたりもする。
僕の絵の才能その後どうなったか、まったくである。
ひどいものである。
僕と兄貴のその頃の絵はどうなったか。
思い出デリカシーを西の空に捨てた母の手によって、引っ越しの際に見事に捨てられた。
ひどいものである。
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