2017/04/01
短編小説「夏空」
胸の奥と額から頭頂にかけて円柱の風が吹き抜けた。
母が癌になった。
余命は幾ばくもない。
いつか来るものだと酒の席で話した事はあったけど、その時が目の前に突きつけられた瞬間に「いつか」が生々しい「今」になる。
久しぶりにタバコが吸いたくなった。
病院の売店でマイルドセブンに手が伸びたがやめた。
代わりに週刊紙2冊と母が好きなお菓子を買って見舞いに戻った。
長男である僕は10代の頃に夢見たバンド生活の中でうまく息継ぎをしながら泳いでいる。
バンドは変わらず勢力的に動いている。
全国に待ってくれている人もいる。
それがどれほど幸せな事が、この歳になったらよく分かる。
ありがとうが自然とこぼれる。
木々が赤色に染まる頃、いよいよだという話しを医者から聞かされた。
病室に置いた時計が気になる。
この時計が進む事は未来につながると誰かが言っていたのを思い出し舌打ちが出そうになった。
母にとっては秒針が進むことは未来が削られていくことだ。
願わくば、願わくば神様、今を止めてほしい。
バンドのライブが立て込んでいた。
名古屋でのワンマンライブも決まっている。
僕にとってバンドは全てだ。
それで今日まで生きてきた。
これからも。
しかし、、、。
痩せてしまった母の顔が過る。
僕が母と過ごせる時間はあとどれほど残されているのだろうか。
悩んだ。
悩んだ結果、僕はイベントライブをサポートのピアニストにお願いして母の看病につく事にした。
バンドマンとしては失格だと思う。
「芸事に身を置くモノは親の死に目にあえないと思え」というのがこの世界の鉄則だ。
この世界での掟のようなものだ。
そんなことは十分に分かっていた。
分かっていたからこそメンバーには言いにくかった。
僕はメンバーの顔を直視せずにサポートでお願いしたいと伝えた。
半年経った今でもその事について考えてしまう。
あれは正しかったのか。
たぶん正しくなかったと思う。
間違ってもいたと思う。
でも1つ言えるのは僕は今あの時に戻っても正しくないと知りながら同じ選択をしたと思う。
生きていれば正しくない選択と分かっていながら選ばなきゃいけない時がある。
すべてがすべてきれいに定規で線引きされるものではない。
最近になって分かった事の1つだ。
名古屋のワンマンライブはさすがに出る事にした。
当然だ。
ワンマンライブがしたくても出来ないバンドが多いという事を知っている。
僕はそれがレクイエムとならないように叩くように鍵盤を弾いていた。
MC中、ふと母の事を思い出した。
僕がピアノを弾くのを眺めていた若き母を。
ここから聴こえるかな、そんなことを思ってふっと笑ってしまった。
ライブ後は急いでライブハウスを出て病室に戻った。
その数日後、母は他界した。
葬儀の日、10月とは思えない日差しがさしていた。
まるで夏の空みたいだな、眩しい太陽に独り言を置いてきた。
秋空の高さと夏空の上る雲が合わさったような不思議な空だった。
半年経った今、少し心は軽くなったけど、もっと出来る事はあったんじゃないかという思いは増すばかりだ。
もう一度だけ話したい。
もっと話したい事はあったんだ。
僕の今日までの事。
母の知らない僕の事。
僕のこれからの事。
母が気にかけていた僕のこれからのこと。
叶わないとは分かっていながらもずっと考えてしまう。
昨日の夜、しげるくんから3月31日のライブでやる新曲の歌詞が届いた。
僕と母の事が書かれてあった。
正確には僕と母であろう二人が描かれていた。
物語としての出来事は事実と違うかもしれないが、僕の心の色と温度は同じように描かれていた。
しげるくんは母が夏に亡くなったと勘違いをしてタイトルを「夏空」としたと笑っていた。
たしかにしげるくんが葬儀に来てくれたあの日は10月とは思えない暑さだった。
「夏空でええねん」と笑って答えた。
しげるくんも「そうですよね、あれは夏空でしたよね」と笑っていた。
母の見る事の出来なかった2017年を僕は今生きている。
母のいない冬が終わり母の好きだった春がやってくる。
そのあと僕の嫌いな夏が来る。
でも僕は10月が来る前にきっと母を思い出すだろう。
抜けるような高い夏空を見ながら。
そしてその日もきっと僕はピアノを弾いているだろう。
叩くようにではなく、僕のこれからを伝えるように。
※この小節はコイケさんとは関係ありません。
僕の想像で書いた、あくまで物語です。
新曲「夏空」に寄せて書きました。
母が癌になった。
余命は幾ばくもない。
いつか来るものだと酒の席で話した事はあったけど、その時が目の前に突きつけられた瞬間に「いつか」が生々しい「今」になる。
久しぶりにタバコが吸いたくなった。
病院の売店でマイルドセブンに手が伸びたがやめた。
代わりに週刊紙2冊と母が好きなお菓子を買って見舞いに戻った。
長男である僕は10代の頃に夢見たバンド生活の中でうまく息継ぎをしながら泳いでいる。
バンドは変わらず勢力的に動いている。
全国に待ってくれている人もいる。
それがどれほど幸せな事が、この歳になったらよく分かる。
ありがとうが自然とこぼれる。
木々が赤色に染まる頃、いよいよだという話しを医者から聞かされた。
病室に置いた時計が気になる。
この時計が進む事は未来につながると誰かが言っていたのを思い出し舌打ちが出そうになった。
母にとっては秒針が進むことは未来が削られていくことだ。
願わくば、願わくば神様、今を止めてほしい。
バンドのライブが立て込んでいた。
名古屋でのワンマンライブも決まっている。
僕にとってバンドは全てだ。
それで今日まで生きてきた。
これからも。
しかし、、、。
痩せてしまった母の顔が過る。
僕が母と過ごせる時間はあとどれほど残されているのだろうか。
悩んだ。
悩んだ結果、僕はイベントライブをサポートのピアニストにお願いして母の看病につく事にした。
バンドマンとしては失格だと思う。
「芸事に身を置くモノは親の死に目にあえないと思え」というのがこの世界の鉄則だ。
この世界での掟のようなものだ。
そんなことは十分に分かっていた。
分かっていたからこそメンバーには言いにくかった。
僕はメンバーの顔を直視せずにサポートでお願いしたいと伝えた。
半年経った今でもその事について考えてしまう。
あれは正しかったのか。
たぶん正しくなかったと思う。
間違ってもいたと思う。
でも1つ言えるのは僕は今あの時に戻っても正しくないと知りながら同じ選択をしたと思う。
生きていれば正しくない選択と分かっていながら選ばなきゃいけない時がある。
すべてがすべてきれいに定規で線引きされるものではない。
最近になって分かった事の1つだ。
名古屋のワンマンライブはさすがに出る事にした。
当然だ。
ワンマンライブがしたくても出来ないバンドが多いという事を知っている。
僕はそれがレクイエムとならないように叩くように鍵盤を弾いていた。
MC中、ふと母の事を思い出した。
僕がピアノを弾くのを眺めていた若き母を。
ここから聴こえるかな、そんなことを思ってふっと笑ってしまった。
ライブ後は急いでライブハウスを出て病室に戻った。
その数日後、母は他界した。
葬儀の日、10月とは思えない日差しがさしていた。
まるで夏の空みたいだな、眩しい太陽に独り言を置いてきた。
秋空の高さと夏空の上る雲が合わさったような不思議な空だった。
半年経った今、少し心は軽くなったけど、もっと出来る事はあったんじゃないかという思いは増すばかりだ。
もう一度だけ話したい。
もっと話したい事はあったんだ。
僕の今日までの事。
母の知らない僕の事。
僕のこれからの事。
母が気にかけていた僕のこれからのこと。
叶わないとは分かっていながらもずっと考えてしまう。
昨日の夜、しげるくんから3月31日のライブでやる新曲の歌詞が届いた。
僕と母の事が書かれてあった。
正確には僕と母であろう二人が描かれていた。
物語としての出来事は事実と違うかもしれないが、僕の心の色と温度は同じように描かれていた。
しげるくんは母が夏に亡くなったと勘違いをしてタイトルを「夏空」としたと笑っていた。
たしかにしげるくんが葬儀に来てくれたあの日は10月とは思えない暑さだった。
「夏空でええねん」と笑って答えた。
しげるくんも「そうですよね、あれは夏空でしたよね」と笑っていた。
母の見る事の出来なかった2017年を僕は今生きている。
母のいない冬が終わり母の好きだった春がやってくる。
そのあと僕の嫌いな夏が来る。
でも僕は10月が来る前にきっと母を思い出すだろう。
抜けるような高い夏空を見ながら。
そしてその日もきっと僕はピアノを弾いているだろう。
叩くようにではなく、僕のこれからを伝えるように。
※この小節はコイケさんとは関係ありません。
僕の想像で書いた、あくまで物語です。
新曲「夏空」に寄せて書きました。
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